やりたいようにやればよい

2021年10月22日 10:15

音楽でもスポーツでもなんでも、基礎というものはある。
ピアノならバイエルから始まりブルグミュラー、ソナチネ、ソナタと進むように
順を追ってセオリー通りにやることについて、異論はないが
かといって、その通りじゃないといけないとは全く思わない。

どこから始めようと本人の勝手だろうと思う。
別に音楽理論を知らなくても作曲はしてもいいし、実際できる。
ただあえて言うなら、それを仕事にしようとか、ずっと続けていこう、さらにもっと良いものを作ろうとなると
理論は必然的に必要になってくるので、その時に勉強し始めても遅いことは何もない。

野球を全くやったことのない少年が、走り込みやキャッチボールを全くやらず、
いきなりただホームランを打つことだけに憧れてそればかり練習したって構わないと思う。

ただそれより上に行こうと思ったら基礎体力や基礎的な動きをちゃんとやらなきゃ無理なんだってだけで。

きっかけはその人それぞれでよくて
とりあえずこれをやってみたい、これを達成してみたい
そういう何かに夢中になれる気持ちこそが
何よりも大切だろうと思う。

そして全部できなくても、これだけは誰にも負けないというものを自分で持つことも素敵だ。

にも関わらずそこに水を差したがる大人が私はめっぽう嫌いである。

そう言うことするから嫌いになるんだよね。
スポーツも勉強も。
好きなことをとことんやらせればいい。
そこから裾野を広げていくか行かないかは、本人の気持ち次第だろう。

全くピアノを弾いたことのないおじさんが、フジコヘミング氏のピアノに感動して
いきなり、ラ・カンパネラを練習し始めて7年もの月日をかけて習得しご本人の前で披露した話は有名だが
こんなにも感動できる演奏もそうはないだろうという演奏だった。
もちろん、上手いわけではない。
しかし重要なのは技術ではなく、思いだったわけだ。

どうしてもこれを弾けるようになりたい

という思い。

ピアノに触ったことすらなかった漁師のおじさんが奏でるラ・カンパネラ

そのタイトルだけでワイン一本空けられるほど情報量が多い。
映画にしてもいいほどのストーリーである。

私は一児の母であるが、息子にはそんな感じで接してきたつもりだし
これからも彼が興味を持つことにとことん没頭できるような環境を整えてあげたいと思う

全然勉強しないけど。
まぁ、必要になったらするだろう。
その時には遅いってこともあるかもしれないが(受験とかはね)
それならそれで、何か彼なりに考えるだろう。

その都度その都度、自分なりのゴールを定めて
とにかく何があってもそのゴールに辿り着く
たどり着いたら何か変わるわけではないかもしれないが
それでも定めたゴールには辿り着くこと
そしたら次にまた、その先にゴール地点が必ず見えてくる。
見えたらそのゴールをまた目指す。
辿り着く、また次が見える、辿り着く、また見える
人生はそうやって前へ前へ進んでいくものだ。

そしてそのゴールは自分だけのゴールで良い
人に理解してもらうとか、共感してもらうとか
ましてや賛辞をもらうことが目的であってはならない。

他人がどう思うとかどうだっていい。

本当に、どうでもいい。

ただただ、自分がやりたいと強く思うことを
自分の力でやり遂げるたびに
生きていく力と人間力は養われるのだ。

EARSY


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